番外編 Lemon

「レモンは何色でしょう?」

 

ミドリがそう告げてそこから離れると、ヒョウコは光輪に乗ったそのスフレを手に取り、じっと眺めた

 

(甘いんだろ、どうせ)

 

ヒョウコはそう思いながら一口ほうばった。やっぱり甘い。うん、俺はやっぱり甘いのは苦手だ

 

そんな思いを抱えながらヒョウコは廃工場を離れ、とある場所へ出向いた

 

「そういえばあのとき、俺はここに楔を打ってここを登ったんだよな」

 

そこはかつてヒョウコがレキのために壁の外へ行こうと登ろうとした場所だった。ラッカはここで壁に触れて罰を受けることになったのだが


「レキ…。壁の外で、仲間に会えたか?」

 

ヒョウコは壁を見上げてレキを懐かしむ。ああ、俺は俺は本当にレキが、レキが、この後、仲間に会えてくれるなら

 

「ヒョウコ‥?さん?」

 

後ろから誰かの声がした、それはどこかで聞いたことのある声だった

 

「ああ、お前、確かボロ屋敷のええと、ラッカって言ったか?」

 

ヒョウコが振りかえるとそこにはラッカの姿があった。こんなところまでなにをしにきたのか?

 

「あ、ごめんなさい、なんか来ちゃって。ええと、あたし、なんとなくここに来たくなっちゃって」

 

「レキを見送りにか?」

 

「いえ、あの、あたしなんとなく、ヒョコさんがここにいるんじゃないかって」

 

ラッカに行動を見透かされていたヒョウコはドキッとした。なぜそんなことがこいつにはわかるのだろう?

 

「お前らはお前らでレキを見送ったけど、俺はまだ見送ってないから、俺がここに来て見送るのをわかっていて、だから心配してここに来たってことか?」

 

ラッカがヒョウコの行動を見透かしているように、ヒョウコもラッカの行動がわかっていた。気は合わなそうだが、息は合いそうだ

 

「あ、はい。あの、それであたし、あなたに渡したいものがあって」

 

「渡したいもの?」

 

そういうとラッカはなにやら手に包みのようなものを持っていた。ん?何か渡すものがあるのか?

 

「ヒョウコさんが甘いの苦手だからって知ってて、レキが特別に作ったみたい。だから、それを渡し来たんです。廃工場じゃなくてきっとここにいると思ったから」

 

ラッカはそういうと小さな一つの包みをヒョウコに手渡した。そしてそのまま何も言わずにそこから言ってしまった、あ?え?おい、なんで?

 

ヒョウコは呆然とそこに立ち尽くしていたが雲行きが怪しくなっていきたのでとりあえずそこを離れることにした。そして帰る途中に土砂降りになってしまったので、仕方なく帰り道から廃工場より近いグリの街に寄ることにした

 

そして近くにあったカフェで雨宿りをしていると中からマスターが出てきて、ヒョウコにこう言った

 

「ああ、君、確か廃工場の灰羽だね?昔いたうちのボウズとは違うところの。そんなところでどうしたんだい?雨宿りかい?」

 

「ああ、すみません、ちょっと雨が止むまではここにいていいですか?」

 

そのお店はクウの働いていたカフェだった。マスターも灰羽のことを理解していたので優しく振る舞って拒否するようなことはしなかった

 

「ああ、もちろん、中でなんか食べてくかい?せっかく来たんだから」

 

「いえ、今から帰って食べるものがあるので結構です」

 

「ああ、そうかい。じゃあさ、そこの席を貸してあげるからまあそこでゆっくり休んでなよ。今日はこんな土砂降りでどうせもう客も来ないから、ゆっくりしてていいよ」

 

マスターはそういうと何やらやることがあるのか奥の部屋に行ってしまった。お店にはヒョウコ一人しかいなかった

 

ヒョウコは席に座ると包みを開けた、そこにはミドリから受け取ったものとまったく同じ、レモンのスフレが入っていた

 

「レモンのスフレ?俺専用に作ったのか?」

 

ヒョウコは一緒に入っていたスプーンですくって食べた。その味は先ほど食べたスフレと違い、ほとんど甘みがなかった。そして下の方にレモンの皮だけで作ったピールが敷き詰められていて、ほんのり感じる甘さとピールのほろ苦さが混じって甘いものが苦手なヒョウコにとってとても美味しく食べることができた

 

「レキ‥。わざわざこれを?俺の?ために?」

 

ヒョウコはスフレを食べ終えると立ち上がって外を見た。土砂降りから雨がだいぶ弱まってきて小雨になっている。それでもまだ、傘なしで帰れるような状態ではなかった

 

「レキ?俺は今でもお前が大事だ。壁の向こうに行って、幸せに暮らせるといいな」

 

ヒョウコの目から一粒の涙がこぼれた。「私は馬鹿です」という意味で捉えられた黄色い花火。そしてミドリの言った「レモンは何色でしょう?」というあの言葉。そしてレキが自分だけに作ってくれたこのスフレ。ヒョウコは何度もレキを思い出し、そしてレキが祝福を受けられ、壁を越えられたことを心から喜んだ

 

 

あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ
そのすべてを愛してた あなたとともに
胸に残り離れない 苦いレモンの匂い
雨が降り止むまでは帰れない
今でもあなたはわたしの光

番外編 クウのとなりのトトロ

 

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ガタンガタン

クウとヒカリを乗せた列車は北の方角に向かって動く

「あーあ、とうとうみんなともお別れだね。ねえねえ、これから行く街ってグリとかフラの街よりずっと寒いんでしょ?今はまだ夏だからあんまり気にしてないけど、冬に備えなくっちゃね」

 

「うーん、そうね。それよりあたしたちちゃんと職場見つかるかしら。ちょっと不安」

 

クウのわくわくをよそにヒカリは職場の心配をする。これから二人で街に行って新しい環境で生活をしていかなくてはならないのだが、この二人で大丈夫だろうか?

 

クウがどうも列車に馴染めないようでソワソワしながら窓の外を見ていた。グリの街では見れない外の広大な景色がクウの心をくすぐった。早く新しい街に行って色々なものを見てみたい。そんなことを考えてながら列車に乗っていると、突然列車がストップした

 

キキーという音と共に列車は止まる。どうやらなにか不慮の事故が起きたようだ

 

ガヤガヤしながら乗客が出てくる。どうやら路線上に何か障害物があり、それに接触してしまったようで急遽列車は止まることとなったのだ

 

「乗客の皆さま、申し訳ございません。不慮の事故がありまして、等列車は再開の目処を見合わせております。損傷が激しいので、今日中にの再開は厳しいでしょう。ご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします」

 

車掌がでてきて乗客に挨拶をする。これから行く街とフラの街とのちょうど中間地点に投げ出された二人。どうやら列車がとまった場所はかなりの田舎で一番近くの村は歩いて何キロもかかるようだ

 

ガヤガヤと乗客が降りて村へ向う。当然二人も後に続くのだが、クウが列車の前から動こうとしない。どうしたのだろう?

 

「クウ、どうしたの?今日はもう列車は動かないみたいだからあたしたちも早くいきましょ。もたもたしてるとすぐに夜になっちゃうわよ」


「んー、ヒカリ、ここの路線の周りの中にある森さ、なんか不思議な感じしない?なんとなく。なんかあるよ」

 

クウが何か奇妙なものを感じ取った。もちろんヒカリもそれを感じていた。人間ではない二人にはわかる。なにか、森の中になにかあると

 

ヒカリは反対したが、クウがどうしても行くと行って聞かないので森の中に入った。そして二人が感じ取っていた不思議な違和感の場所に、何やらもやのようなものが見える。クウはそれに気づき。そのもやに一目散にかけて行った

 

「ちょっとクウ!大丈夫?なにあの白いもや?煙じゃないし、あたしなんか怖いわ!」

 

「平気平気!二人で入れば怖くないよ。とりあえずあそこになにかある!行ってみよう」

 

クウはそう言ってその中に飛び込んだ。ヒカリもあとに続いて中に入った。そしてそのもやを抜けると、同じように森が広がっていたのだが、なんと辺りは急に真っ暗になった

 

「な、なにここ?え?真っ暗?さっきまで昼だったのに?どういうこと!?」

 

もやを抜けた先の世界は真夜中だった。ヒカリはそれに驚き、ただ怖がった。クウは大はしゃぎでその夜の森を駆け回った


「すごーい!いきなり夜になった!わーい変なの!きっとさ、ここは違う世界なんだよ。だってほら!あそこみて!」

 

ヒカリの不安とは対照的にクウは楽しそうだ。グリの街から巣立った時のように、違う世界に来れたことが楽しくてたまらなかった。

 

「はあ、クウはいいよね、能天気で。ほんと子供ねー。ん?あれ、明かりが見えるね、それに家?なんか変わった家ね」

 

「フラの街とかさ、あっちの方にはあんな形の家なかったでしょ?ひとつだけぽつんとしてる。とりあえずあそこ行ってみようよ。」

 

ヒカリの心配をよそにクウは一目散に光の見える家にかけてゆく。ヒカリはおそるおそるクウについていく。クウは怖くないのだろうか?

 

その平家のような家に着く二人。書斎があり、眼鏡をかけた男性が明かりの中で何か書き物をしていた


「こんばんはー!すみません、あたしたち道に迷っちゃって。ええと、ここはどこなんでしょうか?」

 

クウが中にいた男性に声をかける。男性はびっくりしてクウの方をみる。羽の生えた二人の少女が突然夜中に話しかけてきた。


「ああ、こんばんは。いらっしゃい。二人はどこからきたのかな?村の子かな?んー、その羽、結構不思議な感じだね。」

 

考古学者であるタツオは白羽である二人から何かを感じ取った。この二人はこの世界の住人ではない。どこか違う世界から来たのだろう。そしてこの世界にいる守神ともまた何か違う存在であると。

 

「はい、あたしクウっていいいます!こっちはヒカリ!あたしたち森を歩いてたら迷っちゃって。とりあえずここに来たんです。もう少ししたら戻らなくちゃいけないんですけどよかったら少しだけここにいてもいいですか?」

 

「え?ちょっとクウ!いきなり図々しいじゃない!あーすみません、この子ちょっとこういう性格でして」

 

クウとヒカリがそう言って話すとタツオはにっこりと笑いこう答えた

 

「いえいえ、お構いなく。奥で子供たちが寝ているからあまり大きな音はたてれないけど、よかったらゆっくりしていってね


タツオがそういうとヒカリとクウは部屋に上がり込んだ。タツオは書くのをやめ、二人にお茶を出した。二人はお茶を飲むと少し気分が落ち着いた

 

クウとヒカリはフラの街や白羽のことは一切話さなかった。ただ道に迷ったということだけを話してもう少ししたらここから出ていくということだけを話した。タツオも何か事情があるのだろうと思い、それを感じとって必要以上のことは聞かなかった

 

「ねえ、おじさん子供がいるんだよね?奥の部屋にいるの?あたしあってみたい」

 

「ああ、もうクウ!こんな夜遅くに失礼よ。流石に失礼じゃない!起こしたらまずいって」

 

「ああ、いいよいいよ。大きい方がサツキ、小さい方がメイって言うんだけど子供たちも二人を見たら飛び起きて喜ぶかもね。まあ、あんまり気持ちよさそうに眠っていたら起こすのはやめてあげてね」

 

タツオがそういうとクウは一目散にサツキとメイの寝ている部屋にかけていった。ヒカリはなんとなく不安に駆られクウに続いた。しかし奥の部屋に行っても布団から起きた跡があり、誰もいない

 

「あれえ、あのおじさん子供がいるって言ったのに誰もいない。」

 

「ホントねえ。こんな夜中にどこかにいったのかしら?」

 

二人が首を傾げていると外に何かいるのを感じ取り、庭へ目をやった。そこにはサツキとメイがパジャマで裸足のまま柵の周りを回っていた

 

「あ、きっとあの子たちがさっきのおじさんの子供ね。一人はクウより少し小さい子で。もう一人はダイやハナよりもっと小さい子ね。それにしてもあんなところで二人だけでなにをやってるのかしら?こんな夜中に」

 

ヒカリが二人に気付いて目をやる。クウはなには話さずただじっとその様子を眺めていた


「クウ?どうしたの?あの二人が何かやってるのか、わかるの?」

 

「え?そうじゃなくて、あの子たちと一緒に回ってるの、あれ?なんだろう?タヌキかな?それにしては大きすぎるし、ミミズクにも見えるよね」

 

クウがそういうとヒカリはさらに首を傾げた。クウは一体なにを言っているのか?タヌキ?ミミズク?そんなのがどこにいるというのか?


「なに言ってるの?クウ。そんなのどこにもいないじゃない。ただあの子たちが柵の周りを回ってるだけでしょ?あれ何かのおまじないなのかな?まあこの世界もよくわからない世界だけど、変わった子たちよね」

 

「え?なんか灰色の大きいのと青色の小さいのと白のすごく小さいのといるじゃん?あれ、こっちの世界にしかいない珍しい動物かな?」

 

クウのいうことの意味がヒカリにはさっぱりわからない。一体クウは何を言っているのか?そんなのどこにもいない。ただサツキとメイが柵を回っているだけだ

 

「ねえ、クウ。あたしちょっとさっきのおじさんに聞きたいことがあるから戻るね。とりあえずここに長くいるわけにもいかないし。あの子たちが二人だけで一体何やってるかもよくわからないし。」

 

そういうとヒカリはタツオの書斎に戻っていった。そしてその時クウは何かに気づいた

 

(ヒカリには見えないんだ)

 

そう、あの三匹の不思議な生き物はクウには見えている。そしてあの子たちにも見えている。けどヒカリには見えていない。その時気づいた。人間だから見える。白羽だから見えないわけではない。あれはきっと

 

クウは何かを悟ると一目散にそこへかけて行った。そしてサツキとメイ、そしてあの不思議な三匹のの近くまで行くとこう言った

 

「ねーねー、何してるの?」

 

クウの声に気づいたサツキとメイ。そしてあの三匹の不思議な動物。灰色の一番でかいのが声のする方へと目を向けるとクウと目があった

 

クウはその不思議な生き物と目が合うと何かを感じ取った。ああ、これはこの世界にしかいない、動物ではない。何か不思議な力を持ったこの世界の守神だと

 

「あれー、あの人羽が生えてる!へんなのー!」

 

「あ、ホントだ。って、メイ、いきなりそんなこと言ったら失礼でしょ!こんばんは。はじめまして。あたしはサツキ。で、こっちがメイ。あなたは誰?」

 

「はじめまして!あたしの名前はクウ!君たちがサツキとメイだね!お父さんから聞いてるよ!で、えっとそこにいる、大きいのは?」

 

クウにそう言われて驚くサツキ。突然背中から羽の生えた自分より少し年上の人がトトロを見てそう言った。えと、この人にはトトロ、見えてるの?

 

「これねー、トトロって言うんだって!今、トトロが何かやってるからあたしたちも見にきたんだ!クウも一緒にやろうよ!」

 

「うん!いいよ!やろやろ!」

 

メイの誘いに大喜びでのるクウ。次の瞬間、トトロが手に持っている傘を高々と上げると柵で仕切られている土から芽が飛び出した

 

「わあー」

 

サツキとメイが驚いてその芽に目を向ける。そして灰色のトトロがさらに手を高々と上げるといくつもの芽が土から芽吹く

 

「わあー、すごい、すごい力を持ってるね」

 

サツキとメイとトトロと一緒に合わせてクウも高々と手をあげる。伸びろ、伸びろもっと伸びろ、天まで届くくらいに

 

そう願いを込めるとぐんぐん芽は成長して大きな大木になった。明かりのある書斎ではタツオとヒカリが何かに気付いてこちらを見る。けどタツオは気にせずそのまま書き物をし、ヒカリも本を読み続けた。

 

大木になってサツキとメイは大喜び。クウも一緒になって喜ぶ。すごい、あんな小さかった芽が大きな大木になったようだ。そして次の瞬間、大きなトトロがどこからか駒を出すとそれを回した。そしてかなりの回転度で回ると宙に浮かび、その上にトトロが乗った

 

青色と白い小さなトトロは大きなトトロの胸のあたりに飛びついてそれにのる。メイもうれしがってお腹の部分に飛びついた。サツキも恐る恐る一緒になって飛びつく

 

「ほらほら、クウもおいでよ!」

 

メイがクウに一緒に抱きつくように促す。クウはトトロと目が合うと何かを悟ったように首を振る

 

「んーん、あたしは平気。このまま風になって空を飛ぶんでしょ。大丈夫。あたしもそれ、できるから」

 

トトロは何かを悟ったのかそのまま空へと高く高く昇っていった。クウも自分の背中に生えている羽を使って空を飛んだ。空を飛ぶのは、グリの町から壁を越えた時以来だ。気持ちいい。スイスイと空をかけて行った

 

「メイ!私達風になってる!」

 

「うん、お姉ちゃん!それにわあーすごい!クウも一緒に飛べるんだね!驚いちゃった!」

 

「うん、二人は今風になってるけど、あたしは鳥になれるんだ!だから一緒に空の旅ができるね!」

 

三匹と何人はその夜、どこまでも空へと駆けていった。そしてひと段落すると、大きな大木の上に座り、そこでオカリナを吹いた

 

クウも一緒になってオカリナを吹く。自分が今何をしているのか理解できていなかったがただ幸せだった。半月のでている月夜の夜に、二人の子供と三匹の森の守神と一緒にオカリナを吹いた

 

その後、トトロはサツキとメイを木から下ろしたが、二人がそのまま眠ってしまったのでそっと寝床まで運んだ。クウはまだ起きていた。言葉は通じなかったが、何かこの生き物と通じるものがあった

 

「二人とも寝ちゃったね。そういえばはじめまして。あたしはクウ。ここじゃない違う場所からヒカリときたんだけど、トトロは二人の守神かな?」

 

クウがそう話しかけるがトトロはなにも言わずただにっこりと笑っていた。そして次の瞬間、大きく声を上げるとどこからともなくさらに大きな動物が一目散でこちらに向かってきた

 

「なにあれ?でーっかいねこ??」

 

ネコバスがそこに到着するとクウの方を見てにっこりと微笑んだ。クウはその迫力に呆気に取られていたが、とても嬉しくなった

 

「うわーでーっかいー!」

 

ネコバスの横の部分が開くとそこにトトロは乗り込んだ。他の二匹もそれに続いた。そしてネコバスと三匹のトトロがクウを見て微笑むとクウは嬉しくなって手を振った

 

「バイバイ」

 

クウがそう言うとネコバスは物凄いスピードで山の奥へかけて行った。こちらの世界に来てからへんな生き物を四匹も見れた

 

一人になった後にクウは妙に眠気を感じた。そして家に戻るとタツオが書きかけの途中で眠っていて、ヒカリが見守っていた

 

「クウ!どこに行ってたの?こんな遅くに」

 

「へへー、内緒」

 

こちらの世界の住人にとって朝から起きていた分、ここは真夜中だったが、フラの街の世界の住人であった二人にとってまだ活動時間だったため、眠る時間ではなかった。とりあえず二人は元いた山の中へ入り、元の世界に戻った。


元の世界に戻ると、そのもやは消えていた。そしてやはり昼間になっていて相変わらず列車は運行を停止しているようで動かなかった。

 

「あーあ、もうどこかで宿を探して休まないとって、え?クウ!」

 

ヒカリがそう言うとクウは樹木の隙間に背もたれを落として眠ってしまった。疲れているのか?

 

「ちょっとクウ!こんなところで寝ないでよ!もう、あーどうしよう?今日中に列車動くのかなあ?」

 

二人が今ここにいる世界ではない別の世界に行ってきたことは事実。そしてあのへんないきものたちに出会ったのも事実。けどそれは向こうではタツオには見えなくてサツキとメイにしか、そしてこちらではヒカリには見えなくてクウにしかみえない生き物なのであったのだった

 

 

 

 

 

番外編 『青羽連盟』

港町トトに着いたラッカとレキ。そこでフラの街にもあった異種族管理事務局を訪れた

 

「はじめまして。フラの街から新しく来た白羽のラッカとレキといいます。すみません、クラモリという白羽を探しているのですが、心当たりありませんか?」


「ああ、クラモリさんね。彼女はこの街にいるけれど、離れの離島に住んでるんだよ。ここからだと船で半日はかかるけど、もう今日は船はないなあ、ごめんね。明日の朝になったら船があるから、また明日来てください。新しく来た白羽なら宿は無償で貸してあげれるからさ」

 

事務の人にそういわれ外に出る二人。そして船着場から海を眺めた。

 

ラッカは目を瞑り、両手を広げて風を感じた。これが海か。そしてこれが潮の香り

 

「グリの街にいたときに、クウに教えてもらった。鼻がツンとしたら冬の始まりって言われたけど、ここは冬なのに夏の気候みたい。あったかいね」

 

「ああ、港町、海の近場っていうのはそうらしいね。暖かい気候なんだとか」

 

二人が海を眺めていると、遠くに島が見えた。あそこがクラモリさんのいる島か。ただこの港からは少し遠いらしく、霞んで見えた

 

 

ラッカが遠くにある島を眺めていると、レキはふと近くにある孤島に気づく。ずいぶんと小さな島だ。クラモリのいる島よりはるか近くにあるが、船などは出ていないようだった

 

「すみません、あの島には船は出ていないのですか?」

 

なぜかその島が引っかかりレキは船着場に行き、尋ねた。そうすると船守が二人をみてこう答えた

 

「ああ、あそこは聖域の島だね。立ち入り禁止だよ。といってもここからは絶対に入れないけどね」

 

「聖域の島?立ち入りができないのですか?無人島ですか?」

 

無人島だけどさ、それよりも昔からあそこの島を回っている海流があまりにも早すぎて大型船でもない限り入れやしないよ。小型の船だと戻されてしまうさ。大型船でも相当なリスクを背負わないと入れないし、過去に入島した人はいたみたいだけど何もない島だったからあそこに行く人なんてまずいないさ。小型の船で行こうとして流されて帰れなくなった人がいてから危険だからあそこの海域には近づかないよう禁止条例がでたのさ」

 

「そうなんですか。ではもうずっとあそこの島には立ち入った人はいないのですか?」

 

「そうだね。ここからだとわからないけどあの近くは海流が早すぎて命の危険すらあるから絶対に近づかないように言われてるよ。魚ですら流されるくらい強いからね。あそこにいける唯一の存在は鳥くらいかな?」

 

「鳥・・・。」

 

レキは鳥という言葉に反応した。港から島を眺めているとウミネコが海を渡り、島に着陸していた。ウミネコ、白い鳥。ああ、そうだ海辺の鳥だ

 

その日二人はトトの街の宿屋に泊まった。明日は朝一で船に乗り、クラモリのいる離れ島に行く。もう切符を買ってしまったのだ

 

夜中になり、ラッカが目を覚ますとレキがいない。どこにいったのだろう?ただラッカはなんとなく察していた

 

宿を出て船着場へ行く。やはりレキが一人で立って海を眺めていた。その日は月が出ていて綺麗な夜だった。月明かりのに照らされ、レキの白い羽はキラキラと輝いていた。

 

「レキ」

 

ラッカはレキに話しかける。レキはくるりと振り返り、ラッカを見てこういった。

 

「ああ、ラッカ、起きてたんだね。ごめんね一人で抜けてきちゃって。昼間さ、あの島のこと立ち入り禁止っって言ってたでしょ?それでさ、あの海を越えることのできる唯一の存在は鳥だって」

 

「うん、そうだね。レキ、どうしてもあの島が気になるんでしょ?あの島に行くの?」

 

ラッカがそう聞くとレキはこくりとうなずいて自分の羽を優しく撫でた

 

「ラッカ、灰羽だった時を覚えてる?グリの街の壁を越えた時」

 

「うん、覚えてるよ。鳥は唯一壁を越えれる存在だってカナが言ってたもんね」

 

レキとラッカは互いに目を合わせるとにっこりと微笑みあった。そしてグリの街で壁を越えた時と同じように羽を広げた。大海原を二人の白羽が飛び立っていった

 

二人は島にたどり着くと、不安で仕方なかった。無人島なので当然ながら明かりもなければ人もいない。真っ暗な夜の孤島で月明かりだけが頼みの綱だった

 

ただ、レキはなんとなく感じ取っていた。ここには人はいないが何かがある。そしてこの島に入れるのは人間ではなく、今のレキとラッカのような白羽、つまり「異種族」であるということに


島の内部に入っていくと、なにやらあかりが見えた。森の木々の中から漏れている明かりを目指して二人は進んだ。そして明かりが突然閃光を放ち、二人はその光に飲み込まれた

 

 

 

 

 


気がつくと、二人は見たこともない部屋のベットで目が覚めた。その部屋は全体が青と白でできていてトトの街の宿と同じような作りをしていた

 

「えとここは?」


二人は顔を見せ合い、無事であることに気づいた。どうやらあの孤島の森の中にあった光に飲み込まれて気を失ってしまったようだ。そして二人はなんとなく気付いていた。ここは元いた世界ではないということに

 

ガチャリと扉が開き、人が入ってきた。いや、人ではない。二人はそれを直感で感じ取っていたが、見た目でもそれはわかった


「どうやら目が覚めたみたいだな。久しぶりの来客だ。よく来たね。いらっしゃい」


「え?カナ?」


ラッカはその話しかけてきた人を見てそう言った。カナに少し似ている。けど違う。カナより髪が短いし、男の子だ。そして髪の毛と目の色、そして生えている羽が、青い?


「ははは、誰だよカナって。ごめんごめん驚かせたかな。はじめまして、俺の名前はコバルト。君たち、向こうの世界から来たんだろ?」

 

「向こうの?世界?」

 

「そ、向こうは人間界。こっちは魔界って感じかな。つまりは異世界ってやつ?俺はこっちの世界の魔族みたいなもんさ」

 

二人はその青年の説明に状況が掴めなかった。つまり元いた世界。トトの街やフラの街のある世界でなく、まったく違う空間に来てしまったということか?

 

「ああ、そうなんだ。はじめまして。私の名前はレキ。そしてこっちはラッカ。あたしたちは」


灰羽、だろ?」

 

 

レキが説明をしかけたとき、コバルトは割って入った。灰羽?今は白羽だが、この人は灰羽のことをしっているのか?

 

「はい、あなた、灰羽を知っているの?」


「ああ、うん。こっちの世界では都市伝説みたいなもんさ。閉鎖空間に閉じ込められた白くも黒くもない、灰色の街にいる不思議な力を持った灰羽の話をね。」


「そして壁を越えると羽が白くなって白羽となる。君たち今は白羽だね。この世界にこれたのも君たちが人間ではなく不思議な力を持った異種族だからさ」

 

この青年はどうやら灰羽についても白羽についてもよく熟知しているようだった。この世界のことはまだなにもわからないが、二人はなんとなくここが危険な場所ではないと察知はしていた

 

「ま、とりあえず話をするのもなんだし、お茶でも飲みな。君たちのためにせっかく入れておいたからさ」

 

コバルトがそういうとティーポットとお茶が用意されていた。それは青と白でできていてとても綺麗だった

 

レキはポットからお茶を注ぐとその色の驚いた。青い!青い色の液体がティーカップに注がれているのだ

 

「ああ、驚かせちゃったかな。それはバタフライピーっていう名前のお茶さ、この街で一番取れる名産物なんだ。みんな好んでのんでるだよ」

 

「ここは本当に青いものが多いんですね。あなたは灰羽のことも白羽のことを知っているようですが、あなたのその羽、青色ですよね?あなたは一体何者なんですか?」


「俺も、君たちと同じく転生者さ、元は人間だったんだよ」

 

「テンセイ・・・」

 

転生という言葉を聞いた二人。そういえばなんとなく微かに、自分たちが灰羽になる前の記憶がある。自分たちがどうやって灰羽となったのかも

 

「夢に出てきた内容で名前を決めるんだろ?確かそう聞いたことがあるよ。まあ、俺たちは色の名前で名前を決めるんだけどな」

 

コバルトがそういうと、自分の子羽を一つ取って二人に見せた。真っ青な羽。そして暗めの青だった

 

「な?色がコバルトブルーだろ?だから俺の名前はコバルト。あんたたちの羽の色、ピュアホワイトだな。うちにいるやつと同じ色だ」

 

コバルトがそういうとガチャリと扉が開き、また誰かが入ってきた。それは目も髪も全身真っ白でラッカと同じ年齢くらいの少女だった

 

「あ、おはよう。目が覚めたみたいだね。いらっしゃい。」

 

二人はその少女をみて驚いた。全身が真っ白だけど、コバルトや自分たちと違って羽が生えてない。人間なのか?

 

「あ、どうもはじめまして。コバルトから話は聞いてると思いますが、私の名前はピュア。この街にいる唯一の白魔族です。あなたたちは人間界からきた、別の異種属で魔族ではないですよね。でもこちらへ来たのも何かのご縁ですから、どうぞゆっくりしていってください」

 

自身で人間ではない、自分は魔族だと言っている時点で二人はなんとなく事情があると察し、それ以上はなにも聞かなかった。そして次の瞬間、また扉が空いて誰かが入ってきた


「あ、どうもどうも。お目覚めされましたか、どうぞごゆっくりしていってくださいませ」

 

「ね、猫?」

 

青い、いや全身水色をし、腹の部分だけ白い猫が白いハット被り、白い靴と白いマントを携え、ステッキを持もち、帽子を取って叮嚀にお辞儀をするとそう言った。背丈はまったく普通の猫と変わらないのだが、二足歩行で立って歩いている。

 

「どうもはじめまして。わたくし、ライト・ブルー・キャットと申します。本来LBCと言うものですが、この青魔族の中でライトブルーであるのはわたくしだけですのでどうぞライトとお呼びくださいませ」

 

二人は礼儀正しい猫を見て驚いた。猫が喋っただけでなく、ここまできちんと挨拶できるとは。きっと上流階級で育てられた猫に違いない

 

(猫が喋ってる。きっとクウが見たら喜ぶだろうな。なんか変なの)

 

その後ラッカとレキは二人と一匹に連れられ街にでた。全体が白と青でできた颯爽とした街だった。空には白い雲と青い空。海辺の近くということで海は真っ青で街の建物は白と青。そして街にいるのは人間ではなく、ドラゴンやウルフや鳥族といった魔族だった


「ここは、ファンタジーの世界?グリの街でネム読んでた書物にそっくり。けど、普通は異種族は異種族同士で集まって暮らしているものだけど」

 

「ここは青の聖域の街というか島だからね。青魔族っていう魔族のエリアなのさ。こっちの世界は君たちのいる世界で読んだお伽話とは違い、色によって分かれているのさ」

 

「え?それはどういうことですか?」

 

「ドラゴンはドラゴン、ウルフはウルフ、ミノタウロスミノタウロス、みたいに同じ種族同士で固まっている訳ではなく、「色」で暮らしているってことだよ。だから外には違う色のドラゴンやミノタウロスがいるよ」

 

「ちなみにライトは獣族の獣人。ピュアは悪魔族。俺は鳥族さ。」

 

 

「ここは青の世界でさ、違う色の魔族は暮らしてはいけないことになっているんだよ。けれど唯一どの世界も行き来できるのは「白」の力を持った魔族だけ。だからピュアはここにいるのさ。白魔族はもう昔に滅んだんだけどね」

 

「君たちがこの世界に来れたのは、きっと「白」の恩恵だろう。白い羽をもつ白の力を持った人間ではない種族が稀にこの世界に来ることがあるのさ」

 

コバルトがそういうと、レキは少し俯きながらこう返した

 

「私、私はこの世界にきてなにがしたかったのだろう。ただ、なんとなく、人間にはいけない、私たち白羽しか入ることのできない聖域に何かに吸い寄せられるように私とラッカは来た。コバルト、あなたが私たちを引き寄せたの?それだったらそれは何のために?」

 

「君たちがこの世界にきたのは偶然か必然か、それはまあいい。けど一つ言えることはさ、俺は君たちに会えて嬉しかった。白羽は幸せの象徴だ。そしてもともと人間だったことも知ってる。俺も同じ。元は人間だった。そしてこの世界に転生してきた。「青」の羽を持つ異種族として。けどもし俺が君たちの世界にこの姿で転生することができたらさ、きっと『青羽連盟』が生まれていただろうね」

 

「けど、私はこの世界に来るつもりはなかった。私たちは元の世界に帰らなくちゃいけない。行かなくちゃいけないところがあるんだ」

 

レキがそういうとラッカはレキの手をそっと握った。レキ、ここの世界が怖いわけではない。しかし行かなくてはいけない場所があるのに、ここにいつまでいることになるのだろうかと少し不安になっていた

 

「そうだね。レキ、ラッカ。君たちは君たちのいる世界に帰らなくちゃいけない。あんまりここに長く滞在はできないね。じゃあさ、元の世界に送り返してあげる。この世界のこと、誰も信じないだろうけど人間には内緒な。まあ人間には来れない場所だけどさ」

 

「ラッカ、レキ、短い間だったけどありがとう。白羽に会えてうれしかった。またいつか会えたらよろしくね」

 

「うむ。わたくしも楽しかったです。ではではお達者で」


二人とと一匹がそういうとこの世界に来た時と同じ光がピュアの手から放たれた。ラッカとレキはここに来た時と同じように気を失った


二人が気がつくと、そこは元にいた宿屋だった。二人は同時に目を覚まし、外にでた

 

外に出ると世が開けて朝になっていた。時間を見ると8時を回っている。では夜から二人は朝まで眠っていたことになる


「なんかさ、狐につつまれたような感じだね。あの世界は夢だったのかな?」

 

宿屋の主人に聞いてみても夜に宿から誰も抜け出した痕跡もないと言っていた。では二人は外にでて島に飛んで行かなかったということになる

 

それから二人はまた同じように船着場から島に羽を使って飛ぼうとしたが飛ぶことはできなかった。どうやら必要な時以外、羽は機能しないようだった

 

「全部、夢だったのかなあ?あの喋る猫も。真っ白な女の子も。そして青い羽を持ったあの人も」


「あれ?ラッカ?羽が?」

 

レキがラッカの羽の異変に気づく。白い羽の中に一枚だけ、違う色の羽が混ざっていたのだ。そしてそれはレキにもあった

 

レキがその羽を引き抜くとそれは青い羽だった。そして絵を描いていた経験から、これは塗ったり染めたのではなく、元からこの色の羽として生えてきたことになっていると言うことに気付いていた


「やっぱり夢じゃなかったんだね。また、いつか会えるかもね」

 


二人は朝食を食べ終え、予約した時間の船に乗った。クラモリのいる離島に向けて出発した。あの「青」の世界は何だったのか?あの青い羽をした青年にはまた会えるのか?そんなことを考えながら二人はその場を後にした

 

 

 

 

 

番外編 小石川軌緒の物語

ダダーン。


キオはレッスン中に弾いてたピアノを放棄し、大きく両手を鍵盤に叩きつけた。


「キオ!なんですか!また放棄ですか!最後まで弾き終わっていませんよ!?まったく、あなたはどうしてそうなのですか!?」


「先生!私もうこの曲嫌です!弾くなら自分の弾きたい曲がいいです!」


「なんてワガママな!キオ、コンクールまでもう時間がないのですよ?どうしてちゃんと練習しないのですか!」

そんなこんなで今日もレッスンが中断される。キオはそのままピアノのある居間を飛び出し、自分の部屋に閉じこもってしまった。


「また、ダメでしたか」


「はい、あの子はどうも才能がないようですね。音大付属中学の受験も行きたくないようです。リオとは姉妹というのに、なぜこうも差があるのでしょう?」


小石川軌緒 11歳。

 

名門音楽大学付属小学校五年生。

 

家庭は音楽家の家系。母親はピアニストで父親は作曲家。そしてこの小石川家は世間的に物凄く注目されている名家だった。

 

コンコン。

 

母親がドアをノックする。

 

「キオ、入るわよ」

 

母親が部屋に入ると、キオはベットにうずくまり歯ぎしりをしていた。キオにとって今の生活は耐えられるものではなかった。

 

「キオ、あなたまたレッスンを投げ出したわね。どうしてあなたはそうなの!リオはあなたの歳でもっと弾けたわよ」


キオには5個上の姉が一人いた。現在はドイツに留学していて、父親と二人暮らし。小さい頃から姉はキオと比べて何をしても得意で、ピアノも一級品のものだった。


「お母さん!あたし、本当はピアノは弾きたくないの!本当はあたし、絵を描きたいの!」


「キオ!まだそんなこと言ってるの!?あなたはお母さんがどれだけあなたのために時間を費やしてきたかわかってるの?あなたをリオと一緒に一流のピアニストにするためにここまで頑張って続けさせたのに!お母さんの気持ちなんか、何にも考えてないのね!」

 

母親はそういうと、怒って部屋から出て行ってしまった。キオは部屋で一人でポツンと黄昏て、天井をぼーっと見ていた。


キオは小さい頃からピアノをずっとやっていたが、どうも様にならなかった。いつも姉と比較され、全然上手に弾けず、音楽に対して何か違和感を感じていた。

 

そしてあるとき、キオは図工の授業で絵を描くことにとても楽しみを覚え、母親に内緒で学校の図工室で先生に頼んで絵を描かせてもらっていた。キオにとって、音楽をやっている時間よりも、絵を描いている時間の方がずっと幸せだった。


「あたし、あたしは絵を描きたいのに・・・。けどお母さんはわかってくれない・・・」


キオは音楽よりも美術に対する感性を持っていた。しかしそれに誰も理解を示してくれなかった。

キオは小さい頃から主張を表に出さない少女だった。

 

ピアノを始めたのは4歳の頃であり、姉の真似をして弾くようになったが、キオにとって、ピアノより絵の方が得意だった。

 

キオの姉、小石川莉緒はキオの通う小学校の卒業生ではかなりの有名人だった。

 

そして音大付属の学校の顔として学校に在籍し、学校中からも憧れの眼差しを向けられ、中学校を卒業するとともにドイツに留学し、一流ピアニストとして練習に励んでいた。

 

そして妹のキオはそんな音楽の超エリートの姉と比較され、いつも学年中の友達に蔑まれていた。そして学校では姉との比較されるコンプレックスもあり、友人もなかなかできなかった。学校にキオの居場所はなかった。行ったとしても姉と比較されるばかりで自分を認めてくれる友達はいなかった。

 

キオの学校での唯一の楽しみは放課後に図工室に行き、図工の先生と一緒に絵を描くことだった。自分の描いた絵を見てもらえれば、いつか母親に認めてもらえる。そんなふうにキオを思っていた。

そしてある時、ピアノのレッスンもろくにしなくなったキオに対し、先生も母親も呆れ果て、もう先生にも来なくなってもらい、何も口出しをして来なくなった。やりたくもないピアノをやらずに済み、絵に没頭できるようになり、キオの生活は一変し、生き生きとした毎日が送られるようになった。

 

あるとき、キオの絵の才能を認めてくれる先生が絵のコンテストにキオの絵を応募した。そしてそれが最優秀賞を受賞したことにより、キオはとても喜んだ。

キオは賞をとれたことを大いに喜んだ。そしてこの事実を早く母親に伝えたかった。そして母親に認めてもらい、音大をやめ、自分は美大を目指すということをすぐにでも伝えたかった。

 

「ただいまー!お母さん!聞いて聞いて!あのね、私、絵のコンクールで賞をとったんだよ!お母さんに見てもらいたくて、あれ?」

 

家に帰るとそこに母親の姿はなかった。どこかへ出かけているのか?それともまだ帰っていないのか?

 

キオは家中を探したが母親はいなかった。台所に行くといつもしてある夕飯の支度がしていない。そして代わりに一通の手紙が置いてあり、キオはそれを開封した。

 

「キオへ

キオ、お母さんはあなたがピアノを弾かなくなったことについて、今まで何も言いませんでしたが、もうあなたが弾かないのであればそれは構いません。お母さんはあなたをピアニストにすることはもう諦めました。もう何も言いません。ただお父さんもお母さんも今まで音楽で生きてきた人間です。キオがどうしようと構いませんが、ピアニストにならないのであればもうお母さんはキオと一緒に住む気はありません。これからはドイツでお父さんと一緒にリオの面倒を見ることに決めました。あと進学もどうぞ近くの公立に進んでください。手続きは済ませてあります。学費や生活費は毎月きちんと送り、家政婦さんを雇いきてもらうことにします。あとはキオの好きにしてください」

 

手紙を読み終えると涙が溢れそのまま崩れ落ちてしまった。キオの心の中にある何かがぷつりと途切れた。そしてその日、キオは夕飯も食べずに一人泣き崩れ、ただただ悲しみに暮れていた。


次の日、キオの両親がドイツに行ってしまったことが瞬く間に学校で広まった。担任はそれなりにキオに気遣っていたが内心ではキオに対して厄介ごとの種としか思っていなかった。才能もやる気もなく、保護者もいなくなってしまった抜け殻のような少女にもはやかける言葉が見つからなかった。

 

もともと内気だった彼女に対して、クラスメイトは以前より一層酷い仕打ちをした。無視以前に陰でこそこそ悪口を言ったり、キオの道具を隠したりした。

 

放課後、傷心だらけのキオは図工室に出向いた。しかしそこに図工の先生の姿はない。代わりに違う先生がそこにいたのでキオはすぐさまその先生に尋ねた。

 

「あの、前にいた先生は今、どうされたのですか?」

 

「ああ、小石川さんだね。前の先生はもう違う学校に移ったんだよ。もともともう行くことは決まっていたけれど、君の絵のコンテストが終わるまでどうかここまでいさせてくださいっていう約束でね」

 

キオはその話を聞くとただただショックで崩れ落ちた。母親だけでなく、自分の唯一の理解者だった先生まで自分の前から消えてしまった。その日キオはただただ重い足取りで家に帰った。

 

キオはその日、自分で何をしたのか全く覚えていなかった。昼に家に帰って何もせずに暗くなるまでただぼーっとしていた。家に帰っても誰もいない。学校にも自分の居場所はない。もはやこの世界にキオがいていい場所は存在しなくなってしまった。

 

キオはテレビをつけ、なんとなく教育番組をつけた。

 

そうすると、そこで音楽番組でピアノの演奏がされていた。それをみたキオはすぐさまテレビを消してピアノのある部屋へと向かった。

 

「ピアノか‥。」

 

ピアノの扉を開け、鍵盤に触れる。ああ、そうだ。これはピアノだ。私、ずっとずっとこれを拒んできた。私のやりたいものではなかった。私が弾きたいものではなかった。けれど、自分の生涯の最後に自分自身に葬送曲を送ろう。

 

そう言ってキオは椅子に椅子に座ると、真夜中の真っ暗い部屋でピアノの前にある小さな蚊灯りでピアノを弾きはじめた。

 

最後に、自分の好きだった、昔、好きで一度だけちゃんと最後まで弾けたこの曲を、自分に弾こう。

ドビュッシー アラベスク第一番」

 

 

キオは静かな手捌きでそれを弾きはじめた。

 

深夜10時過ぎ。真っ暗な一人の部屋でキオはその曲を弾いた。自分がピアノを始めてから唯一好きだった曲。唯一弾いているのが楽しかった曲。

 

キオは演奏に夢中になって我を忘れて弾いた。そしてその時間だけはただただ幸せだった。自分が闇の中にいることすら忘れて弾いた。力のある限り弾いた。

そして演奏が終わった。この時、キオは自分が今まで弾いた中で一番上手に弾けた。こんなに上手に弾けたのははじめてだった。

 

そしてこの時、キオは自分は瓦礫の一部になりたいと考えた。自分自身が瓦礫となり、崩れ落ちても何も考えなくてもいい。そんな存在になりたいと。そう考えていた。

 

気がつくとキオは表へ出て、薄暗い小石の並んでいる鉄の轍の道を歩いていた。ここでキオの記憶はプツリと途絶えてしまった。

#1 壁を越えて 礫 クラモリ

「レキ、おはよう。目が覚めたみたいね」

誰かにそう言われて目覚めたレキ。巣立ってからの記憶がない。気づいたら今いる部屋に寝ていて、目が覚めた。


「クラモリっ!?」

目が覚めるとそこにはクラモリが座っていた。クラモリ、変わっていない。ある日突然いなくなったあの日のままだ。見た目もそうだけど、雰囲気も仕草も変わっていない。


「クラモリ・・・。」


レキは涙を流しながらベットから飛び起きてクラモリに抱きついた。ああ、そうだ。これはクラモリの温もりだ。私はまた、彼女に会うことができたんだ。


「レキ、大きくなったね。前とずいぶん見違えて、立派になった。羽もすっかり白くなってるし、罪憑きから抜け出せて、祝福を受けられたんだね。」


羽が白くなった!?


レキは慌てて自分の羽を見る。本当だ。灰色じゃない。きれいな白色だ。


「クラモリ、私、羽が、羽が」


レキは自分の羽を見て混乱していた。自分は灰羽だった。そして羽の色はたしかに灰色だった。これは一体どういうことなんだろう?


「祝福を受けて、壁を越えることのできた灰羽は、もうその世界から抜け出すことができるのよ。そして羽は白くなる。あなたはもう灰羽ではなくてもいいの」


「クラモリ!ここはどこなんだ!なぜクラモリがここにいて、羽が白いんだ。私は、私は一体どうなったんだ!」


一度にたくさんのことが舞い込んできてレキは混乱していた。見知らぬ部屋で目が覚めると数年前に祝福を受けて巣立ったクラモリが目の前にいる。そして灰羽だったはずなのに羽が白くなっている。


レキが混乱を抑えられず動揺しているとクラモリは優しくレキを抱え込み、頭を撫でながらこう言った。


「レキ、レキ、なにも言わずいなくなってごめんね。私はあなたに会いたかった。きちんとあなたにお別れを言いたかった。けど、これからは一緒にいられるから」


そう言ってクラモリは今までの経緯を全てレキに話した。灰羽は、祝福を受けて壁を越えると灰羽ではなくなり、羽が白くなって新しい生活が始まる。グリの街にはもう戻れないけど、記憶はそのままで今度は連盟の規則や、街の中に閉じ込められることなく、自由に外の世界に行くことができる。生活の保障はもうされていないけど、自分の好きな時に働いて、好きな街に行くことができる。


「そう、壁の外にも連盟と通じてる機関があるから、これをもらいに行きましょう」


クラモリはそういうと、一つの手帳を見せてくれた。それは、連盟からもらった灰羽手帳とよく似ていた。


「この手帳はね、灰羽だった時の私たちの暮らしを保障してくれる手帳とは違うけど、病気や怪我や事故みたいに困ったことがあった場合の保険なの」


なるほど、それは現代でいう全ての事柄に対する保険証のようなものだった。


灰羽のときは、貨幣は手帳のページだったけど、これからは自分の好きな仕事で、好きなようにお金を稼いで生活できるのよ。レキもこれからは好きに生きなさい。私はここにいるから、私と一緒にいたかったらいてもいいのよ」


混乱していたレキはすぐに事態を把握し、希望に満ちた。これからは自分の好きなように生きれる。クラモリとも一緒にいれる。自分の罪憑きに悩んだりしなくてよくなる。


それからレキはクラモリにあったことを全部話した。クラモリがいなくなって寂しかったこと。ヒョウコと壁を越えようとして罰を受けたこと。自分の後にヒカリとカナとクウとラッカが誕生したこと。クウが先に巣立ちの日を迎えたこと。そしてラッカに自分が救われて祝福を受けられたこと。


レキは、灰羽の街にいた暗い数年間がまるで嘘だったかのように話し始めた。自分に救いが訪れ、許された後に、大好きだった人に出会えた。ずっとずっと会いたかった。会って話したいことがたくさんあった。そしてそれが叶ったとき、レキは天に昇るほどにも幸福だった。


「そういえば、クウは?」


レキはとっさにクラモリに尋ねる。


「クウ?ああ、あの金髪の少し小さい子?彼女もこの街にいるわよ」


「クラモリ!クウを知ってるの?クウに会ったの??」


「レキがここに来る少し前にあの子は来たのよ。レキの事、色々話してくれた。壁を越えてから、連盟に保護されて眠っていたレキをここに連れてきてくれたのも彼女なのよ。」


「私、クウに会いたい!クウはどこにいるの?」


「たしか、今日は仕事がないから街に出かけるって言ってたよ。ごめんね、レキ。私は彼女とは一緒に住んでいなからよくわからないの」


「わかった、ありがとう。ここから街は近いの?」


「うん、ここは街のはずれの建物だけど、街は建物を出たらすぐに見えるよ」


「クラモリ、ありがとう。私クウを探してくる!」


それを聞くと一目散にレキは部屋を出て街へ飛び出して行った。


なるほど、部屋もオールドホームによく似ていた大きな建物だった。立派な石造りの家だ。建物の表札にはそこが元灰羽の証であるかのように白い一本の羽が刺さっていた。


そしてレキは街にでる。グリの街ではスクーターがあったけど、今度はない。走っていく。けどオールドホームの時と違って建物から街は離れてないし、すぐに行ける距離だから楽だった。


「なんだかまだ灰羽だった気分が抜けてないな。カナの名前を呼びそうになっちゃったよ」


そう言ってクスリと笑いながら走るレキ。クラモリに会えて話が出来たこと、羽が白くなったこと、新しい生活の指針が決まっていること。レキは嬉しさと希望に満ち溢れながら、クウを探しに街へと駆けて行った。

#2 フラの街 白羽 クウ


自分がいた建物を出て街へと駆けて行くレキ。広い草原の一本道を走って行く。道の右側の土地には大きな田んぼが広がり、左側にはグリの街にもあった、風力発電の風車がいくつもそびえ立ち、風に揺られくるくると回っていた。

数分走ってだけで街にたどり着く。建物から数百メートルくらいの距離だった。

「えっと、街にクウがいるって聞いて慌てて飛び出してきたのはいいけど、さて、どうやってさがすかね」


レキはクラモリと話した後何も考えずに街に飛び出した。とにかくクウに会いたい一心で。しかしそれはあまりに無計画だった。


「こんなことならクラモリに街を案内してもらえばよかった。」

レキは少し後悔しながら街を探索する。なるほど、この街もグリの街と同じような建物が並んでいて、商店街がある。カフェもあるし洋服屋も雑貨屋もあった。

そして街の中心街に行くとグリの街にもあった噴水のある広場があった。同じだ。全く同じ。グリの街と同じ形の噴水だ。

「あれは、前にもあった。おんなじだ。それにあまりグリの街と雰囲気が変わらないな」

そう言ってレキはまるで狐につつまれたように歩き回る。本当にここは壁の外なのか?灰羽のときにいた世界とほとんど変わらなかった。


しかし次の瞬間、レキは信じられないものを目の当たりにする。そう、ここがはっきりと壁の外だと認識できるものだった。


「あれは・・ワダチ」

そう、それは街の外に通じている汽車だった。灰羽になる前に、レキはこれに飛び込んで自分を捨てたことを思い出した。グリの街にはこの乗り物はなかった。しかしたしかにはっきりと、それを見たのだ。

生前にあった記憶はないものの、自分がそこに身を投げたことをはっきりと自覚した。そしてそれが原因で罪憑きとして生まれ、苦しんだことに。


「けれど、そんな私を彼女は、ラッカは救ってくれたんだ」

ラッカの事を思い出すレキ。巣立つ事が出来ずに人々から忘れられてしまう存在になるかもしれなかった自分。そしてそれから救われたいがためにいい灰羽を目指し、彼女に優しく振る舞った。そして最後にその彼女から救われた。


レキは、汽車を見るなり、そこで自分を捨てた恐怖と、そこから自分を救ってくれたラッカに対する感謝の気持ちが交錯した。そして再びラッカに会える日を強く望んだ。


そうすると、汽車の一室から車掌が降りてきた。車掌はレキに気づき、そばにやってきて話しかけてきた。

「珍しいな。この街に白羽がいるとは。ああ、まだ新しくきたばかりかい?それとも一時的に戻ってきた感じかな?それとも今から旅立ちかい?」


車掌はレキにそう尋ねる。レキはこの世界のことはまるで知らなかったので、言っていることがよく分からなかった。


「あ、すみません。じつは今日、こちらの世界にやってきたばかりで」


「ああ、そうなのか。珍しいなとは思ったよ。今は街を探索中かな?」


「あ、いえ、同じ灰羽、いえ、白羽の女の子を探しているんですが。ご存知ないですか?」


この世界では灰羽ではなくシロバネと呼ぶという事を初めて知ったレキ。白羽が珍しいならクウも簡単に探せるかもしれない。そう思いレキは尋ねた。


「小さい女の子の白羽?ちょっと僕は汽車の車掌だからあんまりこの街に詳しくないからわからないなあ。ごめんね。連盟に聞けば詳しい事教えてもらえるんじゃないかな」


「連盟?灰羽連盟ですか?」


「ああ、グリの街ではそう呼ぶらしいね。フラの街では白羽連盟っていうんだよ。そのままだけどね。トーガに会ったことはあるだろう?トーガはもともとこっちの街の連盟の人だからね」


なるほど。だんだんこの世界の事がわかって来た。


「フラの街?ここの街はそういう名前なのですか?」


「うん。グリの街と姉妹都市だよ。灰羽が生まれるようになるまでは壁もトーガも連盟もなかったから街の人たちも仲良く交流してたもんさ。グリの街の構造はこのフラの街を模倣して作られたんだ」


そうか。ここはグリの街と姉妹都市なのか。道理で街並みも雰囲気も似ているなと思ってた。


「グリの街に詳しいんなら大体わかるよね。来たばかりならまずは連盟に行って色々手続きを先に済ませた方がいいと思うよ。それじゃあ仕事があるからまたね。汽車に乗るときはいつでも来なよ」


そう言って車掌は汽車の中に入っていった。随分と親切な人だ。街の歴史や連盟のこと、壁についてなど詳しく教えてくれた。


「まあとりあえず連盟に行ってクウのことを聞いてみるか」


そう思い、レキはまた街の中央広場に戻って行った。


「グリの街と変わらないならここから連盟は遠くないな。けど、一人で行って大丈夫だろうか?それに位置も本当に前の時と変わらないんだろうか?」


そうレキが考え込んでいると、どこかでみたことのある、懐かしい顔ぶれの少女が一人猫と戯れていた。


金髪でおかっぱ、少し背が低くて、明るく天真爛漫な振る舞い。そして背中には巣立った証としてのきれいな白羽がそれが彼女の探していた人物であることを物語っていた。


「クウ・・・。」


巣立ちを迎えてから、クラモリに続きレキは再びオールドホームの灰羽の一員に再会した。