#8 迷走 ネムの彷徨 あらたな協力者

クラモリがいなくなってからすっかり元気のなくなったレキ。仕事でも張り合いがなく、屋敷の主人からかなり心配され、保護者であるネムのところに何度も事情を伺いに来た。

 

「最近、レキが元気がないんです。やはりもともとの保護者であった人が帰郷してしまったからですか?」


 

ネムはこの事態を深刻に受け止め、クウと協力して何度もレキを励ました。ただレキにとって受けた傷は深く、なかなか立ち直れるものではなかった。


 

とある日、ネムは連盟に向かった。一度レキに休暇を取らせ、クラモリのいる街にいってはどうだろうか?一度逢いに行き、そこにいつでも行けることがわかればレキも元気を取り戻すのではないか。

 

「それはなりません。レキはこの街の白羽です。クラモリはもう手帳の期限がきれていて、随分と前にこの街から巣立って行きました。手帳の更新は今クラモリが暮らしている港町トトの異種族管理時事務局で行われています。レキはこのフラの街の住人です。ここで仕事を放棄して、その街に行けば、白羽資格を剥奪され、手帳は没収となります」

 

トーガは厳しくネムに説明した。ネムは何度か交渉を重ね、連盟を納得させようとしたが無駄だった。ネムは自分はレキの保護者として強い責任を感じていたが、このままでは壁の中にいた時との二の舞になってしまうかもしれないと思っていた。


ある日、ネムが仕事から帰ってくるとレキの姿がなかった。レキの職場に問い合わせてみても、今日は来なかったというし、クウも知らないという。

 

「まさか・・・!」


 

ネムは慌ててグリの街での大門広場の場所に位置する駅に向かった。もしかして、クラモリの住むトトの街に向かったのか?慌ててネムは汽車に向かい、汽車の車掌に問い合わせた。



「すみません、今日、ここに白羽が来ませんでしたか!?」


駅前で、汽車の整備をしていた車掌は突然ネムに尋ねられ、驚いた。



「白羽?今日は見てないね。そもそも白羽は街を出ていくときに、連盟から受け取った許可証を提示しなくては出ていくことはできない決まりになってるから汽車に乗るときは連盟に許可をもらっているはずだよ」

 

 

「わかりました!ありがとうございます」

 

ネムは再び慌てて連盟に行き、現状を説明した。そうするとトーガがこう切り出した。

 

「はい、たしかに本日レキから街を出る許可証をくださいと尋ねられました。それは渡せないと規則を説明すると、帰っていったので、諦めたのかと思っていましたが」



やはりレキはクラモリに会いにいったのだ。ネムの悪い予感が的中した。このままではグリの街と二の舞になってしまう。再びネムはレキを探しに駅へ戻っていった。

 

「ところでネム、本日はオールドホームではありませんが新たな灰羽がこちらへ来られましたが・・。あれ?」

 

トーガが説明をしようと振り返るともうそこにネムの姿はなかった。ネムは一心不乱に駅までレキを探しにいった。


駅に着くと、何やら人だかりができている。何かあったのか?どうやら汽車の運行が遅れているようだった。



「まったく、なにやってるんだよ!列車は時刻を守ってもらわないと困るじゃないか!」



「それにしても問題を起こしたのは白羽か!白羽も規則を守ってもらわないと困るじゃないか!」

 

そういうやりとりを聞いたネム。白羽が列車を遅らせた!?きっとレキだ!レキ、駅にいるのか?ネムはもう気が気でなかった。

 

「いやあ、すみません、お騒がせしました。ちゃんと連れて戻りますので、ちょっと今回だけは見逃してもらえませんか?」



「もし、このまま列車が発車していたら無賃乗車で自警団行きだったよ。君が止めてくれたから今回は見逃してあげるよ。まあ、白羽も色々あるだろうからね」



「お騒がせして申し訳ありません、ほらレキ、もう帰るぞ!あ、ちょうどよかった。あそこにネムがいるぞ!おーい、ネム!」


そう言って誰かに呼ばれたネム。だれか男の人が、レキが列車に忍び込んで街を出て行こうとしたところをとめてくれたようだ。

 

「ヒョウコ!」



確認した男の人はヒョウコだった。赤い帽子をかぶり、パーカーとリュックを背負っていた。そしてヒョウコがわざわざレキを止めてくれたようだった。


「ヒョウコ、いつこっちへ?それよりもレキ、大丈夫??」



「いつって、つい昨日だよ。まあ廃工場はボロ屋敷と関係ないから連盟もお前たちに連絡しなかったみたいだな。んで、この街のルールと、クラモリとレキの経緯を聞いて、駅に来てみりゃレキが電車に無断で乗ろうとしてたからとっ捕まえたんだよ」



「レキ、またこの街で同じことを繰り返すつもりか?まあ、気持ちはわかるけどあんまりもうみんなに迷惑かけんなよ。ネムも迎えに来てくれたし、うちに戻りな。俺にできるのはここまでだ。ネム、あとは頼んだぜ」



ヒョウコはそういうと、レキをネムに託した。レキはもうほとんど生気を失ったような表情をしていて、がっくりとうなだれていた。ネムは涙を流しながらレキを抱えシルバーホームへと戻った。

#9 ネムの焦燥 時の流れ そして夏

シルバーホームに戻ると、ネムはレキの頰を思いっきり叩いた。



「レキ、レキ、自分が何をやったのかわかってるの!?あたし、すごい心配したし、もう少しで自警団に捕まってまた罰を受けるところだったんだよ?いくらクラモリがいなくなったからって、さびしいのはレキだけじゃないんだよ!?」


がっくりとうなだれていたレキはネムに叩かれるとようやく口を開いた。


ネム、壁の中でも迷惑かけたね。ごめん。あたしはもう、またこの思いをしなきゃいけないとおもうとやりきれなかった。クラモリがあたしのそばに一緒にいるって言ったのに・・」



「またいつか会えるじゃない!今はもう灰羽じゃないし、レキだって罪憑きじゃないんだよ?」


たしかにこの街からでて好きな街に行くことは可能だった。しかし罪憑きであったレキにとって、保護下の元から離れるのは不可能だったし、何よりも手帳の更新は契約期間を満たさねばならなかった。灰羽だった時と違ってルールは厳しくはなかったが、今のレキにとって、街を出て行くことはほぼ不可能だった。


「壁を超えても、罪憑きの呪いは消えないのか・・。あたしはもう許されたと思っていたけど」


後日、再びネムは連盟を訪れた。なぜここは壁の外なのに、このような目にあわなくてはならないのか。休暇をとって、クラモリのいる街へ行くことはできないのか。



「残念ですが・・・。一旦仕事の契約を結んでしまった以上、この街から出ることは無理です。ネム、あなたであればそれも可能ですが、レキの場合は罪憑きですので、保護者が必要です。正当な理由もなく保護者であるネムとレキ、二人の白羽が何日もこの街をあければ、我々はあなた達を処罰しなくてはならない」



「けれど、ここはもう壁の中ではないのでしょう?灰羽の時のように縛られたりはしないはずです!なぜ会いにいく事すら出来ないのですか?」



ネム、あなたはもし我々がある日突然ここを留守にしたらどう思われますか?あるいはあなたの働いている仕事場が閉鎖したらどうなりますか?それと同じ事です。白羽が個人の都合でこの街を何日も空けるのは許されません。白羽は我々の掟にしたがって生活があるのです。もし、我々の紹介で就いた仕事を放棄すれば我々はもう保証も出来なくなります」



ネムは何度も粘り強く交渉をしたがやはり許可はもらえなかった。白羽が連盟によって好条件で保護されている以上、また、勤続年数の短い新規である以上、融通を利かすことは不可能だった。



ネムは家に戻るとレキに経緯を話し、とにかくレキを見守ることにした。レキは仕事を続けていたが、元気が無くなっていたので、主人が心配して何日かの休みをくれた。ネムはクウとヒョウコに現状を説明し、三人でレキを見守ることにした。クウはよく差し入れをもってシルバーホームにあそびにきた。ヒョウコはもうあまり干渉をしてこなかったが、レキが心配で時々見舞いにきた。そのおかげもあってか、レキは徐々に元気を取り戻り、仕事にもきちんと復帰できた。



「レキ、元気になってよかったね!まあクラモリがいなくなったのはあたしも寂しいけど、またいつか会えるよ!」



クウはクウなりにレキに気を使って励ました。ヒョウコは特に言葉をかけなかったけれど、とにかく元気になったレキをみて安心していた。


「そうだね、ありがとうクウ。ネムにも迷惑かけてごめん。あと、ヒョウコにもまた助けれもらえたね。今度お礼しにいかなきゃ」



そうしてまた何気ない生活が何日かしていると、春から夏になった。そして再び一通の手紙が届いた。



ネム、レキへ

オールドホームの灰羽が再び巣立たれし。すぐにこちらに来たれし 白羽連盟」



ネム、また誰かが巣立ちの日を迎えたって!すぐに行こう!」



クウの家にも当然その手紙は届いており、三人ですぐに連盟に向かった。冬が終わり、春になるとき、ネムがこちらにやってきた。そしては今は春が終わり、初夏が訪れ、またあらたな灰羽がこのフラの街にやってきたのだった。

 

#10 再び 灰羽の記憶 新たな試練

連盟から手紙が届くと、ネムとレキとクウはすぐに向かった。次はどの灰羽がこちらに巣立ってきたのだろう?


「だーかーらー、そんなまどろっこしいことはいいって。早く手当と手帳ちょーだいよ」



「そうはいきません。きちんとこちらのルールを聞いて頂かないと困ります。ネムもちゃんと聞きましたよ。先ほど通知を郵送しておいたので、そろそろこちらに到着する頃だと思われますが」



「まーいいや。あたしはそのシルバーホームって所に入居するよ。レキもネムもいるんでしょ?で、クウだけ職場に住み込みでしょ?あととりあえず職場は前回と同じ時計塔でいいって。時計塔はあるの?」



「はい、ございますが。すみません、カナ。もう少し最後まで話を聞いてもらえますか」



トーガがカナに壁の外のルールを説明する。カナは随分とめんどくさそうに返事をする。



「あ、カナだ!カナー!ひっさしぶりー!」



クウがいの一番にはいってきてカナに挨拶をする。カナは驚いて声のした方に振り向くとクウがいた!



「クウ!」



カナは急いでクウに駆け寄る。そして笑いながら抱きつきこういった。



「クウ!久しぶりじゃねーの!会いたかったぞコノヤロー、元気だったか!?」



「うん、あたし元気だったよ!カナもこっちに来たんだね!ネムとレキもいるよ!」



「カナ!」



「こっちに来たのはカナだったんだね!カナ!久しぶり!」



ネムとレキが入ってきてカナの名前を呼ぶ。カナは二人を見て安心する。ああ、こっちの世界でもまた二人に会えたんだなと。



「じゃあさ、もう三人が迎えにきてくれたからあたしはいくよ。あとは詳しいことはネムに聞くからもういいかな?」



「わかりました。ではこちらは手帳と手当です」



トーガが若干呆れたようにカナに渡す。カナは受け取ると三人と一緒にすぐに寺院を後にした。



「では、色々ご説明ありがとうございました。また何かありましたらこちらに訪問させていただきます」



カナは礼儀正しくお辞儀をするとクウを連れてすぐに出ていった。ネムはトーガから現状を聞き、一言謝った。まったく、カナの態度は壁の中だった時と全然変わっていなかった。



シルバーホームに着くと、三人はカナの巣立ち祝いということでお祝いをした。カナもこちらへ来たということでネムは少し安心した。これでレキを見守る仲間がもう一人増えたことになる。



ネムがいなくなった後さ、新しい双子の灰羽が生まれてさ、ヨミとヤミっていうんだけど、そりゃもうラッカが張り切っちゃってさ」



カナは壁の中で三人が巣立ったあとのことを話し出した。レキにとってはすごく懐かしい日々のように感じた。ラッカか。今、元気だろうか?



「でさあ、双子なんだけど、運悪く二人とも罪憑きでさ、ラッカがもう心配して色々世話焼きしてたんだけど、二人ともどうも活気がなくてさ」



「それで、あたしもラッカもヒカリも色々頑張って五人で生活してたんだけど、結局ヒカリに一番懐いててさ。まあ双子だから二人とも罪憑きでも一人だけより安心だよな。あっ・・・。」



カナはそういうと、レキの方を一瞬見て口を閉ざしてしまった。やはり祝福を受けられたといえど、レキの前ではあまり言っていいことではなかった気がした。レキは特に気にしたような素振りは見せなかったが、カナは少し気が引けた。



「そういえば、レキ、少し痩せた?」



カナがレキの様子の変化に気づく。壁の中でもそれなりに不安定だったけど、こちらに来てからも若干の変化をカナは見落とさなかった。



「あ、ああ。まあね。ちょっと最近食欲がなくて」



「あれ?あとさ、あたしも最初は驚いたけど、こっちでは灰羽じゃなくて白羽なんだよね?レキの羽、下の方ちょっと灰色じみてない?目の錯覚かな?」



カナは持ち前の観察力でレキの羽の異変に気づく。ネムの表情が少しこわばった。クウは特に変化に気付いていたなかったようだが、レキは自分の羽を見て少し困惑した。



「あ、ああ。これね。さっきちょっと汚しちゃって。だからだと思う」



「汚した?ああ、こっちでもまだ絵描いてるの?絵の具で汚したの?そういえばあっちでもラッカがレキの絵を嬉しそうに見てたな」



「カナ!」


ネムが強い口調でカナにいう。レキは青ざめた表情で、食事を終わらせ部屋から出て行った。



「ちょ、ちょっと綺麗にしてくる。まってて」



レキが慌てて出て行った後に三人は唖然としてしまった。ネムは言い知れぬ不安にかられ、カナは来て早々何か得体の知れないものに踏み入れてしまったような気がした。



「えっと、あたし、まずかったかな?」



カナは少し反省したように俯く。来て早々こんな感じになるとは思ってもいなかった。



「レキ、どうしたんだろう?やっと元気になったと思ったら、羽がちょっとおかしくなってるし」


クウも不思議そうにレキを見ていた。ネムは食事を終わらせると言い知れぬ不安の中、レキの現状も確認せずにすぐに連盟に出向いた。

#11 灰白色 グリの街 葛藤

ネムは連盟に着くとすぐさまトーガに事情を話した。レキの羽の下部が少し灰色じみている。カナが指摘した時にちらっとみただけだが、ネムはその箇所がどんな意味をなしているかをなんとなく察していた。



「あれは、レキが繭から生まれてきた時、羽が黒かった部分の箇所です!当時は灰羽だったの羽の色は灰色と黒でしたが、今回は、白と灰色だから気づきませんでしたが、あれはどういうことなんですか!?」



そう、レキの羽が灰色じみていた箇所は、かつてレキが罪憑きとして生まれてきた時に、羽が黒かった部分だった。


「ああ、灰白色ですね。罪憑きだった灰羽が、こちらの街に来てから起こる現象です。特に問題はありませんが、ただ自分を見失ってしまうこともあるかと思います」



トーガは冷静に話をする。灰白色?そういえばはっきりと灰色ではなく、白と灰色の中間のような色だった。だからカナも見間違えたのか。



「どういうことですか!?ああなると、もう元には戻らないのですか!?何か、何か手立てはないのですか!?」



ネムが取り乱したようにトーガに迫る。トーガはその様子に全く動じることなく冷静に対処していた。



ネム、落ち着いてください。我々ではなんとも説明はし難いです。なので今回のことは特例として、きちんとあなたに説明できる人の元へお連れします」



トーガはそういうと、寺院からネムを連れ出し、街とは反対方向に歩いて行った。こちらは街とは関係ない方向では?ネムは不思議に思ったが、とにかくレキの症状を治すために着いて行った。



それなりに距離を歩くと、横に長く広がっている壁が見えてきた。今まで街の中にいたから気がつかなかったが、街から出た先にあんな広い壁があるとは。



「我々は、定期的にこちらから歩いてあの中に交易に行きます。もちろん中には交易以外の目的であの中に入るトーガもいます。ネム、あの場所を覚えていますか?」


 

「まさか、あれはグリの街!?」



「その通りです。そろそろ門が見ててきましたね。あの門の先に大門広場があります。一度街から出てしまった者はもう中には入れないのですが、今回のようなケースは別です。といっても我々以外は中には入れないし、壁には近づけないので、ある特別な場所で話してもらいます」



トーガがそういうと、門のそばまでやってきて、門を叩いた。門番が小窓からトーガを確認すると、門番は大きな門ではなく、外からしか見えないとなりにある小さな扉を開けた。




「さて、街の中には入れませんが、こちらの部屋は街と街の外の中間の場所になります。今回のようなケースの特例の部屋です。ここは我々の許可がなければ街の中の人も外の人も入ることができません。あと、灰羽だった時は壁にさわれば罰を受けましたが、今はもう心配しなくても大丈夫ですよ。ではある人物を呼んで参りますので、そちらの部屋でお待ちください」



トーガはそういうと、門番に大門を開けさせ、街の中まで入って行った。ネムは言われた通り、大門の横にある小さな扉を開けなかに入った。中はとても小さな部屋で、机と椅子があるだけだった。ここは、壁の中なのか?


 

しばらく待つと、トーガが誰かを連れて戻ってきた。それは、あの灰羽連盟の話師だった。



トーガは話師と手話でやりとりをすると、部屋から出て行った。ネムはその様子をみてとても驚いた。まさか壁を越えてからまた再び話師に会うことになるとは。



ネム、白羽として、今はフラの街にいるようだな。お前がここにきた理由は分かっている。レキのことだろう?もうここは壁の中でもない。お前も灰羽ではない。灰羽だっとときのルールはないので、何も遠慮することはない。話したいことを話しなさい」



話師がそういうと、ネムは驚きを隠せない中、今の現状を話し始めた。白羽として巣立ったが、クラモリがいなくなるとレキの様子がおかしくなったこと、そして羽の下部が灰白色になっていたこと、あれは、罪憑きだった時の黒い羽の箇所と同じだったこと、それによって今後なにか支障はないか、またはレキを元に戻せないかといったことだった。


「そうか、レキは再び壁の外でも罪憑きの呪いが発動したのか・・・。それは致しかたない。罪憑きであったものが背負う運命のようなものだ」


「けど、今はもうレキは白羽です!なぜ壁を越えてもこのようなことが!?」


そうネムが言うと話師は一息つき、緩やかに話し始めた。


ネム、お前は壁を越えれば天国に行けると思ったのか?壁の中はあくまで灰羽が巣立つまでの場所でしかない。そして罪憑きはその呪いから逃れる術はない。壁の外に出ればその力は弱まるが、行きていく上で背負っていかなくてはならいないものだ」


 
「レキの事情は連盟を通して聞いた。レキは壁の中で犯した過ちを再び繰り返そうとした。しかし今回はヒョウコにそこを救われたようだったな。レキは自警団に捕まりはしなかったが、してはならないことをしたのだ。それが羽に現れているのだ」


「けれど、レキはクラモリにせっかく会えたのに、この仕打ちはあまりにひどいと思いませんか?」


ネムは話師の話を聞いてそれを理解していたが、レキを庇いたい一心で個人の感情論をぶつけた。


「レキにとって、クラモリはまるで母親のような存在だった。壁の中でクラモリを失ったレキはこの街を屍のようにさまよっていた。ネム、長年一緒にいたお前にも見守ることしかできなかったな。そしてレキにはラッカが現れた」



「ラッカにとって、レキはあの街での全てだった。そしてレキにとってもラッカはまるで我が子のような存在であったのだ。そしてレキは壁を超える我が子を置き去りにして、自分の元からいなくなった母親に会いにいったようなものだ」

 

「ではもしラッカが壁を越え、フラの街にきたときにレキがいなくなったらどうなる?レキはラッカの指標となる存在だった。レキはクラモリがいなくなった同じ辛さを自分のエゴでラッカに味あわせるようなことを自分でしてしまった。それを理解しながらレキは白羽のルールを破ったのだ」



「当然、レキの心に罪憑きの時の呪いが覆い被さってきたのだ。壁の外なので白羽にとってはその色は黒でも灰色でもなく、灰白色だが。それが今のレキの出した答えだ」


話師がそう話すとネムは自分自身の無力に言葉を失った。レキにとってはやはりラッカがどうしても必要なのだ。ではでは、自分にはレキを救うことはできないのか?誰よりもレキの身を案じてきたのに。


「私は、今クラモリに変わってレキの保護者です。私では力不足ですか?私ではレキを救うことはできないのですか?」

 

ネム、お前の気持ちはわからなくはない。しかしお前にできることとできないこととあるだろう。それは壁の中でも外でも同じことだ」



灰羽になっても、白羽になっても、このような苦しみや柵から抜け出せない。私たちは一体なんなのですか!?なぜ私たちは街から出ることはできないのですか!?灰羽とは、白羽とは、壁とは、呪いとは一体!」



ネムは大きな声を上げて話師に訴えた。どうして灰羽はこのような現状から抜け出すことができないのか?もう壁を越えたはずなのに。




「よかろう、お前はもうグリの街の住人ではない。だから街には戻れない。お前には特別灰羽とこの街や壁の歴史やルールについて教えてやろう」



ネムの苦しみを理解していた話師はそう言うとこれまでに街の住人と灰羽が歩んできた歴史を語り始めるのだった。

#12 街の歴史 姉妹都市 灰羽とは

「その昔、このグリの街がまだなかった頃、ここの場所は鉱山だった。そしてお前たち灰羽の証でもある光輪の材料である鉱物が発掘されたのだ」


「あの鉱物は、人体の側にあると発光し、形にすると多大な光力を発揮する偉大なものだった」


「そしてフラの街に住む住人はその鉱物が取れるようになってから急に景気が良くなった。街は観光地としても名高くなり、国のはずれにある田舎だったが、汽車も通り、終点の駅がフラの街にできるようになった」



「そしてフラの街で商売をする人、観光客が溢れたので、鉱山を切り崩し、もう一つ街を作ることになった。フラの街との姉妹都市、グリの街を」


なるほど、こうしてグリの街は生まれたのか。とネムは納得した。


「グリの街ができるとさらに人々は活気を増した。フラの街とまったく同じ作りだったために人々は街にまよわなかった」


「そしてあるとき、お前たち灰羽が生まれるようになった。一体どこから来たのか?なぜ背中に羽が生えているのか?それは誰も分からなかった」


「しかしグリの街の住人はお前たちをひどく歓迎した。きっとこれは天の使いだ。この街を発展させたのもきっとこの灰羽達のおかげだとみな信じた。しかし灰羽は生まれる前に見る夢以外は記憶をなくしていたので、夢の内容で名前がつけられるようになった」

 

「しかし灰羽達は酷く体が弱く、何か支えのようなものが必要だった。そして結局それがあの光輪だったのだ。お前たちは光輪の力よって歩いたり、動いたりすることができるのだ」


「そして街は灰羽たちを歓迎し、灰羽は労働力としてもとてもいい働きをした。お金をもらってはいけないシステムは最初にフラとグリの街の街長が決めたことだった」



灰羽は高い年齢として生まれてくることができ、すぐにでも働くことができたのでみな喜んだ。ただこの二つの街以外では灰羽達は一般の人間と同じような扱いで扱われた」



すると話師は一旦一呼吸置くと、とても深刻そうに話し始めた。



「しかし当然灰羽の中に罪憑きは存在した。しかし罪憑きだからといって街の住人は差別をしなかった。灰羽はふたつの街をでた先でも歓迎され、人間と同じ扱いをされた」



「しかし、巣立ちの日を迎えてない、白羽になっていない灰羽が二つ以外の街に行くと奇妙な出来事が多発した。世話になった人が病気になったり、事故を起こしたり、家が火事になったりしたのだ。罪憑きはさらにひどかった」



「反面に、グリの街に滞って、ある日ふとフラの街に出向く灰羽がいた。それはフラの街に着くと羽が白くなっていて、光輪が外れ、天使のような風貌をしていた。しかし灰羽からあやかって白羽と呼ばれた」



「白羽は灰羽とは違い、とてもいい事が起こり、幸せの象徴とされた。しかし時に罪憑きであった灰羽が白羽になった場合は灰羽と同じ運命を辿ることになったのだ」



「そして、この二つの街から出て行った灰羽達の不吉な噂のせいで、グリの街の住人はひどく非難された。灰羽のせいで生活がめちゃくちゃだ。灰羽を閉じ込めろ、白羽になるまで街から出すなと」



「そしてフラの街の長は、灰羽が触れると熱を出す特殊な石で壁を作りグリの街を隔離した。街の住人は連帯責任ということでグリの街に閉じ込められた。そして灰羽が外では不吉な象徴という事がばれないように、先祖代々、幸福の象徴ということにした」



「そしてフラの街ででる利益と、グリの街で取れる鉱物との交易をトーガに託し、フラの街には白羽連盟が、グリの街には灰羽連盟が生まれた」



「もし、グリの街の住人が街からでて、外で灰羽の噂を聞いて、ここに戻ってきたらどうなる?灰羽の事実がこの街で広まったら灰羽は責め立てられるだろう。だから壁で隔離されているのだ」


「そして今いるグリの街の住人はフラの街に隔離された人々の末裔だ。だから灰羽について何も知らない。ただの言い伝えで幸福の象徴という嘘を信じられている。そしてそのおかげで無償の労働力である灰羽と街の住人の関係はとても良好なものなのだ。この事実を知っているのは、グリの街では我々灰羽連盟と、外からやってくるトーガだけなのである」

 

ネム灰羽と街の歴史を話師からきくとがっくりとうなだれた。灰羽とグリの街にそんな歴史があったとは。そして灰羽は不吉な象徴で、そのせいで隔離されていたとは。


「では、白羽になっても、罪憑きは隔離されるということですか?」


「いや、罪憑きであった白羽は、他にだれか保護者が必要になってくる。それは灰羽だったときに一番親しかったり、近くにいた存在だ。だからレキは最初がクラモリだったが、次にお前が保護者になったのだ」


「さあ、もういいだろう。もういけ、レキがお前を待っている。今のレキの保護者はお前だろう?お前がいなくてはレキは誰を頼ればいい?レキが自分を見失わないよう、しっかりと管理を頼む」



話師はそういうと、部屋から出て行って、グリの街に戻って行った。ネムも部屋から出てフラの街に戻った。全てを知ってしまったネムは自分にのしかかっている責任とプレッシャーにかなり疲弊していた。

  

#13 凄惨 朱色 晩夏

ネムは街に戻ると、白羽連盟に寄らずシルバーホームに戻った。とにかくレキを一目でも見なくてはとおもった。


広間に入るとレキの姿がない。おや?どこに行ったのだろう?


「だーかーらー、やめなってレキ!!一体どうしちゃったのさ!??」


奥の部屋からカナの叫びに似た声が聞こえる。ネムはものすごい不安に駆られ、一目散に声のする方へ走った



「カナ!何があったの!?」


ネムが部屋に入るとカナがレキの手を掴んでもみ合っていた。レキは羽から血を流し、羽の下部、シミのあった場所が真っ赤に染まっていた


「レキ、どうしたの!?」


「ああ、ネム、いいところに来た!レキが突然狂ったように暴れ始めて羽を切り落とし始めたんだ!クウは仕事でいないし、あたし止めたんだけどレキがやめようとしないんだよ!」



必死でレキの手をとり抑えようとするカナ。レキは羽を下部のほとんどをハサミでムシりとり、血を流し真っ赤になっていて、表情が崩れ汗まみれになっていた



「レキ!」



ネムは慌ててレキの手を取ってレキを抑えた。とりあえずハサミを取り上げてカナと二人で椅子に押さえつけた



「レキ!レキ!一体どうしちゃったの!?なんでこんなに血まみれになるまで羽を切り落としたりしたの!?」



レキは汗とでビッショリになり、ものすごく息をきらして錯乱していた。言葉は発しなかったがもうまともに話ができる状態ではなかった



ネムはすぐさま病院に連絡をし、病院から医師を連れて来させた。連盟にもこの経緯を伝え、トーガも一緒にやってきた。クウも仕事を切り上げ、カナとネムと三人でレキを見舞った。医師は鎮静剤を打ち、レキをベットに寝かせた



「一時的な錯乱状態に陥っただけです。罪憑きの白羽ですよね?おそらくそれが原因です。自分を見失ってしまい、羽をむしってしまったのです。羽は時間がたてば新しい羽が生えてきて元どおりになります。まずは安静にしてください。あとは心の問題です」

 

「どうしたら元どおりになりますか?レキはどうなってしまうのですか?」



ネムがとても心配したようにきくと



「体の方は問題がないのですが、白羽のことについては我々よりトーガの方がお詳しいでしょう。体は問題ないです。まずは安静にしてください。それではまた何かありましたらご連絡ください。」



そういうと医師は部屋から出て行って病院に戻った。三人はとてもレキを心配して、ネムは涙を流しながら眠っているレキに駆け寄った。



「これは一体どういうことなのですか?」



カナがトーガにきくとトーガはこう言った



「罪憑きであった白羽は、なんらかのストレスを感じてしまうとそれが羽にでます。灰羽だっとときと同じです。しかし白羽になってからこの症状がまたでると、このように自分を見失ってしまうこともあるのです。」



トーガの冷静な口調に心底腹の立ったカナだったが、それは言わなかった



「どうしたら元にもどりますか?」



「まあ、クラモリがいなくなったことが原因でしょうね。そしてレキが無理に街を出ようとしたのにそれができなかったからこのようになったのでしょう。医師もおっしゃいましたが、まずは安静にして様子をみてください。」


そういうとトーガ部屋から出て行って連盟に戻った。ネムは涙を流し自分を責め、レキに寄り添った。カナとクウは何も出来ずただぼーっとたって見ていたが、どうすることもできず、この現状を受け入れられなかった



「レキ、どうなっちゃうんだろう?」



カナが来て新しい仲間が戻ってきたらすぐに起こったこのような事件。三人は交代でレキの面倒を見ることにした。レキは日に日にやつれていき、何も話さなくなった。一人で放置してしまうと再び自傷行為をしてしまうので、つねに誰かが見ていなくてはならなかった。そして夏もあっという間に時間が経つと、晩夏ごろに再びシルバーホームに一通の手紙が届いた

 

 

#14 クウ一人 五人目 晩夏の昼

連盟から手紙が届き、その内容を開いたカナそこにはこう記されていた


「新たに壁を超えた灰羽が来られたし。白羽連盟で保護中。至急こちらまでこられたし。今回はすぐに来ることを命ずる 白羽連盟」


 

ネム!連盟からまた手紙がきたよ!新しい灰羽がきたって!ラッカかな?ヒカリかな?」


 

「とにかく早く行った方がいいわね。今、レキがこんな状態だから一人でもきてくれるとありがたいわね。私たちはここから離れられないから、お昼になったらクウが来るからクウに行ってもらいましょう」


 

ネムがそう言うと、カナは頷いた。クウはまだ自分の仕事場に住んでいた。しかし契約更新が一年ごとだったので、秋口になれば再び契約の日が訪れるのでシルバーホームに一緒に住むことを決めていた


 

そして昼頃に、お店で売られている食べ物を差し入れにクウがやってきた。相変わらずレキの心配ばかりだったがクウの職場にも手紙が届いていてとても嬉しそうにしていた



「新しい白羽がきたんだってね!ラッカかな?ヒカリかな?とにかく早く逢いにいきたいなー行こうよ!」



「ああ、そのことなんだけどさ、クウ、ネムはレキにつきっきりで疲れてるからちょっと休ませてあげたいんだよ。だからあたしがレキの面倒みるから今回はクウが一人で迎えに行ってもらえるかな?」



「うん、いいよ!じゃああたしいってくるね!」



クウはそういうと、一人で連盟まで向かった。一体誰がきたんだろうと思い、ワクワクしながら向かった



寺院にはいると、トーガがいた。しかしネムの時もカナの時もいたはずなのに誰もそこにいなかった。クウは不思議がってトーガに尋ねた



「あの、あたし新しい白羽がきたっていうから迎えにきたんですけど、どこにいるんですか?」



「クウ、よく来てくださいました。こちらです」



トーガに案内されついて行ったクウ。寺院の中にある扉を開けてとある部屋にはいるとその部屋のベッドに一人の白羽が眠っていた


 

「あ、ラッカだ!」



そう、その白羽はラッカだった。これはレキのときと同じ。レキがこちらの街に来た時もこの部屋に案内され、そこでレキが眠っていたのを思い出した



「はい、今回はラッカが新しくきた白羽です。クウ、ラッカは罪憑きだったので保護者が必要です。レキの時はクラモリと今はネムですが、ラッカはどうしますか?」



「ああ、たしかにレキの時はクラモリだったね。まあ推薦したのはあたしだったけど。じゃあさ、今回はあたしがラッカの保護者になるよ!今あたしはシルバーホームに住んでいないからとりあえずあたしの住処まで運んでもらえるかな?」



「わかりました。ラッカはレキと違って恐らくは今日中に目覚めると思います。レキの時は二日以上眠っていましたが、おそらくあれは罪憑きの重さによる長さでしょう。」



「わかりました!じゃあよろしくお願いします!」



クウがそういうとトーガはベッドをそのまま荷台に乗せ、リヤカーのようなものでゴロゴロとラッカを街まで運んだ。これはレキを運んだ時と同じものだった。そしてこの荷台でグリの街の交易に来ていることをようやくクウはこの時知ったのだった



クウの職場まで着くと、トーガはラッカを抱えて階段を登った。部屋に入るとクウが使っているベットに起き、トーガはそのままクウに託し帰った。ラッカはスヤスヤと眠っていて、起きる気配がなかった



「お昼休みだったけど、今日はこのまま仕事休ませてもらおう。マスターもレキのこと心配してたしわかってくれるよね」


「ラッカ、また会えたね。あたしすごく嬉しい。今はレキがあんな状態だけど、ラッカをみたらまた元気になってくれると思う。ラッカにまた会えて嬉しい」



クウはラッカの寝顔を見て安心したのかそのまま椅子に座り込んで眠ってしまった。こうして、晩夏に五人目の灰羽がこのフラの街にやってきたのだった。