番外編 Lemon

「レモンは何色でしょう?」

 

ミドリがそう告げてそこから離れると、ヒョウコは光輪に乗ったそのスフレを手に取り、じっと眺めた

 

(甘いんだろ、どうせ)

 

ヒョウコはそう思いながら一口ほうばった。やっぱり甘い。うん、俺はやっぱり甘いのは苦手だ

 

そんな思いを抱えながらヒョウコは廃工場を離れ、とある場所へ出向いた

 

「そういえばあのとき、俺はここに楔を打ってここを登ったんだよな」

 

そこはかつてヒョウコがレキのために壁の外へ行こうと登ろうとした場所だった。ラッカはここで壁に触れて罰を受けることになったのだが


「レキ…。壁の外で、仲間に会えたか?」

 

ヒョウコは壁を見上げてレキを懐かしむ。ああ、俺は俺は本当にレキが、レキが、この後、仲間に会えてくれるなら

 

「ヒョウコ‥?さん?」

 

後ろから誰かの声がした、それはどこかで聞いたことのある声だった

 

「ああ、お前、確かボロ屋敷のええと、ラッカって言ったか?」

 

ヒョウコが振りかえるとそこにはラッカの姿があった。こんなところまでなにをしにきたのか?

 

「あ、ごめんなさい、なんか来ちゃって。ええと、あたし、なんとなくここに来たくなっちゃって」

 

「レキを見送りにか?」

 

「いえ、あの、あたしなんとなく、ヒョコさんがここにいるんじゃないかって」

 

ラッカに行動を見透かされていたヒョウコはドキッとした。なぜそんなことがこいつにはわかるのだろう?

 

「お前らはお前らでレキを見送ったけど、俺はまだ見送ってないから、俺がここに来て見送るのをわかっていて、だから心配してここに来たってことか?」

 

ラッカがヒョウコの行動を見透かしているように、ヒョウコもラッカの行動がわかっていた。気は合わなそうだが、息は合いそうだ

 

「あ、はい。あの、それであたし、あなたに渡したいものがあって」

 

「渡したいもの?」

 

そういうとラッカはなにやら手に包みのようなものを持っていた。ん?何か渡すものがあるのか?

 

「ヒョウコさんが甘いの苦手だからって知ってて、レキが特別に作ったみたい。だから、それを渡し来たんです。廃工場じゃなくてきっとここにいると思ったから」

 

ラッカはそういうと小さな一つの包みをヒョウコに手渡した。そしてそのまま何も言わずにそこから言ってしまった、あ?え?おい、なんで?

 

ヒョウコは呆然とそこに立ち尽くしていたが雲行きが怪しくなっていきたのでとりあえずそこを離れることにした。そして帰る途中に土砂降りになってしまったので、仕方なく帰り道から廃工場より近いグリの街に寄ることにした

 

そして近くにあったカフェで雨宿りをしていると中からマスターが出てきて、ヒョウコにこう言った

 

「ああ、君、確か廃工場の灰羽だね?昔いたうちのボウズとは違うところの。そんなところでどうしたんだい?雨宿りかい?」

 

「ああ、すみません、ちょっと雨が止むまではここにいていいですか?」

 

そのお店はクウの働いていたカフェだった。マスターも灰羽のことを理解していたので優しく振る舞って拒否するようなことはしなかった

 

「ああ、もちろん、中でなんか食べてくかい?せっかく来たんだから」

 

「いえ、今から帰って食べるものがあるので結構です」

 

「ああ、そうかい。じゃあさ、そこの席を貸してあげるからまあそこでゆっくり休んでなよ。今日はこんな土砂降りでどうせもう客も来ないから、ゆっくりしてていいよ」

 

マスターはそういうと何やらやることがあるのか奥の部屋に行ってしまった。お店にはヒョウコ一人しかいなかった

 

ヒョウコは席に座ると包みを開けた、そこにはミドリから受け取ったものとまったく同じ、レモンのスフレが入っていた

 

「レモンのスフレ?俺専用に作ったのか?」

 

ヒョウコは一緒に入っていたスプーンですくって食べた。その味は先ほど食べたスフレと違い、ほとんど甘みがなかった。そして下の方にレモンの皮だけで作ったピールが敷き詰められていて、ほんのり感じる甘さとピールのほろ苦さが混じって甘いものが苦手なヒョウコにとってとても美味しく食べることができた

 

「レキ‥。わざわざこれを?俺の?ために?」

 

ヒョウコはスフレを食べ終えると立ち上がって外を見た。土砂降りから雨がだいぶ弱まってきて小雨になっている。それでもまだ、傘なしで帰れるような状態ではなかった

 

「レキ?俺は今でもお前が大事だ。壁の向こうに行って、幸せに暮らせるといいな」

 

ヒョウコの目から一粒の涙がこぼれた。「私は馬鹿です」という意味で捉えられた黄色い花火。そしてミドリの言った「レモンは何色でしょう?」というあの言葉。そしてレキが自分だけに作ってくれたこのスフレ。ヒョウコは何度もレキを思い出し、そしてレキが祝福を受けられ、壁を越えられたことを心から喜んだ

 

 

あの日の悲しみさえ あの日の苦しみさえ
そのすべてを愛してた あなたとともに
胸に残り離れない 苦いレモンの匂い
雨が降り止むまでは帰れない
今でもあなたはわたしの光